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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)242号 判決

控訴人(被告、反訴原告) 寿賀宇一

被控訴人(原告、反訴被告) 和田作太郎

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の本訴請求を棄却する。

被控訴人に対し、大阪地方裁判所堺支部昭和三〇年(ヨ)第四六号取締役職務執行停止等仮処分申請事件につき訴外藤山作夫が昭和三〇年八月一八日大阪法務局に供託した同年(金)第一一〇九五号金三〇万円の供託金及び利息取戻請求権が控訴人に属することを確認する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文と同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴はこれを棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出援用認否は、

控訴人において、

藤山作夫の亡片山通夫に対する供託金取戻請求債権の譲渡は藤山と片山との通謀による虚偽の意思表示であるから無効である。右譲渡についてはその法律上の原因たるべき売買若しくは贈与等の真実の原因行為は何等存在しなかつたのである。藤山作夫はその申請にかかる大阪地方裁判所堺支部昭和三〇年(ヨ)第四六号取締役職務執行停止等仮処分申請事件につき同裁判所が供与を命じた保証金を訴外西川松次から調達した金員をもつて自己の名義で供託したのであるから右供託物取戻請求権ももとより藤山作夫に属したのであるが右取戻請求権を他の債権者に差押えられる虞があつたので弁護士片山通夫に相談の結果右差押を避止する方法として前記仮装の譲渡をしたものである。被控訴人提出の甲第一二号証には、前記仮処分事件については前記西川松次が第三者として仮処分保証金を供託することにし同人において金員を片山弁護士に交付したところ藤山作夫が該金員を自己名義をもつて仮処分保証金として供託したものであること並びに西川松次が片山弁護士に右供託物取戻手続を依頼しその方法として右担保供与者名義を藤山作夫から片山通夫に移転するため取戻請求債権を譲渡したものであることの記載が存するけれども、仮処分保証金の供託を当該事件の第三者がするについては担保権利者たるべきものの承諾が必要のため事実上不可能な場合の多いことは片山弁護士も知悉している筈であるから西川松次がその名義で第三者の供託をするために藤山に交付した金員を藤山の策謀によつてその名義で供託したというのは虚構も甚だしく、また右供託の手続は片山弁護士が代理人としてこれを行つたのであるから若し西川松次が供託金の取戻を欲するならば同弁護士が代理委任に基いてこれが取戻の手続を経て払戻を受けた金員をそのまま西川松次に交付すれば足りるところであり且つ方法としても簡便通常な方法と認められるのであつて、右供託金取戻のためことさらに片山弁護士に供託物取戻請求債権を譲渡しなければならない理由はなく、甲第一二号証の記載事実は真実ではない。そして被控訴人は藤山作夫と片山弁護士との間の前記仮装行為に加担しその虚偽の譲渡であることを知つて片山弁護士と右供託金取戻請求権譲渡の契約をしたのであるから有効に右権利を取得したものではない。

仮に藤山作夫と片山弁護士との間の前記債権譲渡契約がその通謀虚偽表示に基く仮装行為でないとしても、藤山が他の債権者による右取戻権の差押を免れる方法として片山弁護士と相諮つて同弁護士に取戻権を譲渡したものであつて右譲渡は刑法第九六条ノ二に該当する犯罪行為であるから公序良俗に違反する契約として無効であり随つて被控訴人も片山弁護士との前記譲渡契約に因つて有効に右供託金取戻請求権を取得するに由ないものである。また弁護士法第二八条は弁護士が係争権利を譲り受けることを禁止しているのであるがこのような禁止規定を設けた法の精神は弁護士が具体的事件に介入して財産的利益を得たり職務遂行につき公正を害したり或は濫訴の弊を助長したり等することによつて弁護士の品位を失墜することなからしめんとするにあるものと解せられ、この様な立法の精神に考えるときは同条に所謂係争権利とは現に訴訟等により係争の目的となつている権利に限らず、将来訴訟等の紛争処理制度によつてその実行、主張がなされることの予想せられる権利、すなわち紛争の潜在する権利をも指称するものと解するのが相当である。そして仮処分の保証として供託した供託金取戻請求権は仮処分の相手方に生ずることあるべき損害賠償の担保であつて、相手方が供託金に対する担保権を実行するには訴訟によることを要するのであるから右取戻請求権は前記係争権利又は少くとも係争の潜在する債権というに該当する。そうだとすれば藤山作夫から片山弁護士が、片山弁護士から同じく弁護士である被控訴人が順次右供託金取戻請求権を譲り受けた行為はいずれも弁護士法の前記法条に違反するものとして民法上公序良俗に反する行為に該当するから無効であつて被控訴人が有効に右取戻請求権を取得したものということはできない。若し仮に供託金取戻請求権が右にいう係争の潜在する権利に該当し、弁護士法第二八条に所謂係争権利が係争の潜在する権利は含まず、したがつて右取戻請求権の譲受が同法条の禁止に触れないとしても、弁護士たる者が未だ現に訴訟等で係争中でないとはいえ前記の意味において紛争が潜在する権利を譲り受ける如きは弁護士法第一条第七三条の精神に違反するものとして民法上公序良俗に反する行為に該当すると解すべきであるから無効であつて片山弁護士及び被控訴人の前記順次の譲受により被控訴人が前記供託金取戻請求権を取得したものとすることはできない。

仮に藤山作夫と片山弁護士との間の前記債権譲渡は有効であるとしても、被控訴人が片山弁護士から譲り受けた当時においてはその目的たる前記供託金取戻請求権は弁護士法第二八条に定める係争権利に該当する状況に在つたから同法条及び民法第九〇条によつて被控訴人の右譲り受けは無効である。

次に被控訴人が西川松次の依頼により同人のために前記供託金の取戻を受けるため片山弁護士から前記のように供託金取戻請求権を譲り受けたものであることは被控訴人の自認するところであるが、被控訴人の右譲受け当時は既に控訴人において右取戻請求権につき差押並びに転付命令を得ていたのであるから被控訴人が西川松次の前記依頼の趣旨に従い供託金の取戻を実現するためには必ず控訴人に対する訴訟の提起を要すべく且つ訴訟によつて十分その目的を達し得べきであるから被控訴人の右権利の譲受は訴訟をなさしめることを目的とする信託行為というべきものであつて信託法第一一条により無効である。随つて被控訴人は有効に前記供託金取戻請求権を取得したものではない。

なお被控訴人援用の判例は旧弁護士法施行当時に係り、弁護士の職務、地位及びその使命により一層の重大性を認める現行弁護士法については踏襲すべきものでないと解せられる。

甲第一一号証の成立は不知、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を援用する。

と述べ、

被控訴人において、

大阪地方裁判所堺支部昭和三〇年(ヨ)第四六号仮処分事件につき保証として供託せられた金三〇万円の金員は訴外西川松次が株式会社姫路中央卸小売綜合市場の利益を図る目的から右仮処分申請につき第三者としての資格において、無資力な右仮処分申請人藤山作夫に代つて供託をする約束のもとに自ら出捐して藤山に交付したものであるところ、藤山が後日これを詐取する目的から故意に右約束に違反し藤山の名義をもつて保証供託をなしたのであるから右供託金の所有権はなお西川松次に属し、藤山は右供託金に対し何等の権利を有しないものであるが、ただ法務局の右供託受理の決定によつて形式上は供託が成立し供託物に対する差押の効力が生じたのである。しかしながら供託手続が債権の満足という本来の機能を有効に発生するためには供託者において当該供託物に対する処分権を有することを要するのであるから前記供託金につき何等処分権を有しない藤山作夫がその名義をもつてなした前記保証供託は実質的要件を欠き当初から無効である。このような無効な供託について形式上の供託名義人は単に当該供託につきその形式的手続追行の権能を有するのみであり、その権能の具体的内容は当該供託物に対する差押解除の請求を意味する供託物取戻請求権である。弁護士片山通夫は前記供託物の所有者である西川松次からその所有権に基く供託物取戻の依頼を受けその実行方法として藤山作夫から前説明の差押解除の請求を内容とする供託物取戻請求権の譲渡を受け、その後被控訴人は右西川松次の依頼により片山弁護士に代つて前記供託物取戻の手続をすることとなつたので同弁護士から右供託物取戻請求権を譲り受けたのである。控訴人は昭和三一年一月三〇日債務者を藤山作夫として前記供託物取戻請求権に対する差押並びに転付命令を得たけれども右供託物取戻権は前記のように単なる差押解除の請求にすぎないからこれを独立の財産権とすることができないものであつて、これを目的とする差押並びに転付命令は無効である。また控訴人の右差押並びに転付命令申請の基本たる執行債権は右供託物により担保せられる前記仮処分による損害賠償請求権に非ざる別異の債権についての債務名義に基く執行としてなされたもので担保権の実行としてなされたものではないから何等優先的地位を取得せず随つて既に被控訴人が片山弁護士から有効に譲り受けた以後に係る右差押並びに転付命令は前記供託物取戻請求権を控訴人に移転する効力を有しないこと明らかである。(大審院決定昭和七年一一月一八日民集第一一巻二一九七頁、大審院判決昭和七年六月一四日民集第一一巻一四〇八頁。)

前記供託物取戻請求権の藤山作夫、片山通夫間並びに片山通夫、被控訴人間の各譲渡が通謀虚偽表示であつて無効であるとの控訴人の抗弁事実を否認し、右供託物取戻請求権は前記の通りそれ自体独立して差押の目的となることのできないものであるから他の債権者によつて差押を受ける虞は全く存しないのであつて、他の債権者による差押を避けるため譲渡を仮装する理由はなく控訴人の抗弁は理由がない。

供託物取戻請求権の譲渡が藤山作夫と片山通夫との間において刑法第九六条ノ二の罪を構成し、従つて右譲渡は民法第九〇条に違反する契約として私法上もまた無効であるとの控訴人の抗弁について、右抗弁は原審において提出し得たのに拘らず当審に至つて始めて提出したものであつて民訴法第一三九条により却下を求める、抗弁の内容に関しては、刑法第九六条ノ二の罪は財産の仮装譲渡又は仮装債務の負担をその構成要件とするところ藤山作夫が片山通夫に譲渡したのは藤山が前記供託金が西川松次の所有であることを認めこれを無事西川に返還することを念願しその方法として真実右権利を片山に移転する意思をもつて譲渡し、片山は西川松次の供託金取戻の依頼を果たすための方法として右権利を譲り受ける意思をもつてこれを譲り受けたものであるから仮装の譲渡でなく刑法の前記犯罪を構成せず民法第九〇条に違反するものでもない。なお原審において片山通夫が証人として呼出を受けながら出頭せず、また藤山作夫も原審及び当審において証人として呼出を受けて出頭しなかつたけれどもその理由が同人等において強制執行免脱罪につき訴追を招くおそれがあつたというのは当らない。蓋し藤山と片山間の前記譲渡行為が仮りに刑法の前記法条の犯罪を構成するとしても右譲渡の日である昭和三〇年一一月三〇日から満三年の経過により既に公訴の時効完成し、片山通夫が証人の呼出を受けた昭和三四年九月一五日、藤山作夫が証人の呼出を受けた昭和三五年五月九日には両名につきもはや刑事訴追の虞がなくしかもその事実は右両名において熟知していたところであるからである。

片山通夫並びに被控訴人の供託金取戻請求権の各譲受が弁護士法に違反し無効であるとの控訴人の主張について、供託物還付請求、権及び供託物取戻請求権は供託所を債務者とする供託物に対する実体的請求権である、被供託者の有する供託物還付請求権と供託者の有する供託物取戻請求権とは相排斥し両立し得ない性質の権利である、供託物は還付又は取戻の認可裁決のあるまでは供託者又は被供託者のいずれに渡すべきか未定の状態に在り、供託物が還付請求権者に交付される場合には供託者に返還されることはなく還付請求権者に交付されない場合に限り供託者に返還されるものである。したがつて右請求権は各別独立に処理せられるべきもので、還付請求権の譲渡、差押転付命令は取戻請求権の効力に消長を及ぼさず、取戻請求権の右同様の処分、移転は還付請求権に影響を及ぼすものでない。還付請求権については兎も角、取戻請求権が弁護士法第二八条にいわゆる係争権利となる余地はない。仮に供託物取戻請求権が右にいう係争権利に該当するとしても弁護士法第二八条は単に弁護士に対する取締規定であつて右法条違反の行為の私法上の効力までも否認する趣旨を含むものではないと解せられる。そして片山通夫及び被控訴人の譲り受けた前記供託物取戻請求権は実体的請求権であつて権利者の自由に処分し得べき財産権であるからその譲受は公序良俗に違反する事項を目的とするものでもなく法律の禁ずるところでもないから適法な法律行為として有効である。

控訴人の信託法第一一条違反の抗弁について、右抗弁は原審において提出し得たに拘らず控訴代理人の故意又は重大な過失によつてこれを提出せず当審に至つて始めて提出した防禦方法であるから民訴法第一三九条によつて却下を求める、右抗弁の内容については、信託法第一一条において禁止する信託行為は、受託者をして訴訟行為をなさしめることを主たる目的とした場合に限り、たまたま受託者をして訴訟行為をなさしめることがあつてもそれが信託の主たる目的でない場合にこれを無効とする法意ではない。右規定の立法の趣旨は弁護士たる資格を有しないで訴訟行為をすることを業とする者が訴訟行為をすることを主たる目的として濫りに他人から財産権の信託譲渡を受け自ら訴訟当事者となつて訴訟行為をなすのを許すときは濫訴建訟の弊害を生ずることを慮りこのような目的を以てする信託を無効とするにある。したがつてたとえ訴訟をする目的でなされた信託譲渡であつても受託者が資格を具えた弁護士である場合にはこれを無効とすべきものでないことは既に裁判例の承認するところ(東京控訴院昭和一五年七月二三日判決、大審院昭和二年七月二七日判決)である。そして被控訴人は弁護士として西川松次の債権取立の依頼を受け供託金取戻請求権の譲渡を受けたのであるから信託法第一一条に違反するものではない。

当審における証人西川松次の証言を援用する。

と述べた、

外原判決事実記載と同一であるからこれを引用する。

理由

訴外藤山作夫が株式会社姫路中央卸小売綜合市場(以下姫路中央市場と略称する)を被告として大阪地方裁判所堺支部に提起した同会社の増資無効及び株主総会決議無効確認請求事件(同裁判所昭和三〇年(ワ)第一一六号)を本案とする申請人藤山作夫、被申請人寿賀宇一(本件の控訴人)外六名間の同裁判所昭和三〇年(ヨ)第四六号取締役等職務執行停止、代行者選任仮処分命令申請事件につき右申請人藤山作夫が同裁判所の保証供与の命令に基き仮処分の保証として同年八月一八日大阪法務局堺支局に現金三〇万円を昭和三〇年(金)第一一〇九五号として供託したことは当事者間に争がなく、右保証供託によつて藤山作夫は爾後これにつき前記仮処分裁判所がなすことあるべき担保取消決定を条件として発生する前記供託金額の取戻請求権を取得したものといわなければならない。被控訴人は右供託金の所有権はなおこれを支出した訴外西川松次に帰属し、前記法務局よりその取戻を請求すべき権能は上記所有権の効力として西川松次がこれを有し、藤山作夫としては右西川松次との約定に因り、西川が前記姫路中央市場の維持繁栄、運営の円滑のために自ら支出した金員を、西川の名義をもつて前記仮処分保証金として供託すべきであつたに拘らず、将来右保証金を不法に領得しようと企てその方法として右約定に違背して藤山の名義で供託したのであるから、前記供託はその実質的要件を欠く無効の供託であつて、同人は右供託金について何等の管理権処分権を有することなく、唯形式上供託者の地位に在ることに基き手続上法務局に対し右供託金の差押を解除して返還すべき旨の請求権を有するに止り、実体的財産権としての供託物取戻請求権を有するものでないと主張する。当審における証人西川松次の証言によつて成立の認められる甲第一二号証、原審における証人藤山作夫の証言(後記信用しない部分を除く)及び当審における証人西川松次の証言(後記の信用しない部分を除く)によれば、西川松次は昭和二七年八月頃以来姫路中央市場に店舗を有し営業していたのであるが、前記仮処分申請につき申請人藤山作夫が無資力のため供与を命ぜられた仮処分保証金の調達に苦しんでいた際同市場の株主の要望によつて市場の円滑な運営発展を念願するところから右仮処分保証金及び右事件の手続費用の予納金を自ら支出することとして昭和三〇年八月一八、九日頃現金四五万円を姫路市内において藤山作夫に交付し、藤山はその内の金三〇万円を前記供託に充てたこと、西川が右金員を支出するについては同人は当時保証供託及び費用予納の手続がすべて西川松次の名義でなされるものと期待していたことを認めることができるけれども、前記甲第一二号証の記載及び証人西川松次の証言中に、前記金員の授受につき西川と藤山との間に前記保証供託及び予納はすべて必ず藤山において西川松次の名義をもつてすべきものとする確約が成立した、とある記載及び証言部分はにわかに信用し難く、他に右事実を認定するに足りる証拠もないばかりでなく、元来金銭は経済的社会的に物としての個性に格別の意義や価値が認められないのが通常であつて、特に或る金銭を特定物として取扱うべきものとし、その所有権の移動自体が取引の目的とせられた場合を除いてはその所有権はその占有に随伴して当然に移転すると解するのが相当であるから、前記のように藤山作夫が西川松次から単に前記仮処分事件の保証金、手続費用金を用立てる趣旨で前記金四五万円の交付を受け、その内金三〇万円を前記仮処分の申請人たる資格において裁判所の保証供与命令に基き藤山作夫名義で適式に供託した以上、右金三〇万円の金員の所有権そのものとしては西川松次から藤山作夫に、同人から国に順次移転したものというべきであつて、西川松次の右出損に基く藤山作夫との間の関係は債権関係として残存することがあるのみと解せられるし、また藤山作夫は前記仮処分申請人であつて当該仮処分事件についての担保義務者たる地位においてその名義で供託した前記供託金額について前説示の取戻請求権を有すべく、西川松次は前記供託金につき直接国に対し何等の権利をも有しないことが明らかであつて被控訴人の右主張は到底採用することができない。なお藤山作夫が右供託金について有すべき権利に関する被控訴人の主張は、(1) 或はこれを『右供託の無効を原因として単に供託物に対する差押解除の請求を内容とする供託物取戻請求権にすぎず、この請求権は独立の財産権でなくして単なる供託手続の追行権能に外ならず差押並びに転付命令の対象にならないもの』と言い(当審において援用陳述にかかる原審における被控訴人の昭和三四年三月一一日付準備書面、記録第一六九丁乃至第一七二丁、一乃至四項の記載)、(2) 或は『供託物取戻請求権は供託所を債務者とする、供託物に対する実体的請求権であるから民法の債権譲渡に関する規定に基き其の移転を為し得べく又強制執行法上の差押並に転付命令の対象となる』『本件供託物取戻請求権は実体的請求権なれば権利者の自由に処分し得べき財産権なるを以て、…………中略…………之れが譲受は毫も公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とするものでもなく、又法律の禁ずる所でもないから適法の法律行為として有効なること論を俟たざるもの』と主張している(当審において援用陳述にかかる原審における昭和三三年九月四日付原告の準備書面、記録第一三一丁乃至第一三六丁、五、六項の記載)のであつてその真意を捕捉理解し難いものがあるけれども、前記認定のように藤山は担保義務者として西川から受け取つて藤山の所有に帰した三〇万円を供託しているものであつて、供託手続そのものを無効とすべき瑕疵はなく、被控訴人のいうところの(1) の供託手続上の取戻追行権能(このような権能が法律上一般に認められるか否かは別論とする。)が生ずる余地はない。被控訴人の(1) の主張は採用できない。

そして成立に争のない甲第一七及び第一八号証によつて成立の認められる甲第一三号証、前記甲第一二号証並びに当審における証人西川松次の証言によれば、藤山作夫は昭和三〇年一一月二九日前記のような条件付権利としての供託物取戻請求権を弁護士亡片山通夫に譲渡する旨契約したことが認められ、右認定に反する原審における証人藤山作夫の証言は弁論の全趣旨に照らして到底信用することができないし、他に右認定に反する証拠はなく、成立に争のない甲第九号証の一乃至三によれば、藤山作夫は右認定の供託物取戻請求権の譲渡を書面をもつて債務者国の当該官庁たる大阪法務局長宛通知し、右通知が同年一一月三〇日到達したことが認められ、成立に争のない乙第一、第二号証にはそれぞれ藤山作夫が前認定のような供託物取戻請求権を譲渡した事実がなく、譲渡通知書を作成送付したこともない旨の記載があるけれども、右書面はいずれも藤山作夫の作成にかかる文書であつて同人の前記証言と同様にわかにこれを信用することはできないし、その他には前記認定を覆えすに足りる証拠はない。次に前記甲第九号証の一乃至三と弁論の全趣旨とを総合して成立の認められる甲第一四号証と前記甲第九号証の一乃至三並びに証人西川松次の前記証言によれば、片山通夫は昭和三一年二月二二日被控訴人との間に片山が藤山作夫から譲受ける旨契約した前記の供託物取戻請求権の譲渡契約をし債務者国の前同当該官庁に宛てて書面による譲渡の通知を発し、右通知は同月二三日到達したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで一般に仮処分事件においてその被申請人が若し右仮処分によつて損害を蒙ることがあればその賠償請求権につき、その担保として仮処分裁判所の保証供与命令に基き申請人が保証として供託した金銭その他の物の上に質権者と同一の優先的権利を有することは民訴法第一一三条の明定するところであつて、若し供託せられたものが金銭なるときは前説明の如くにその金銭所有権は一旦国庫に帰属し、被申請人はその将来の損害賠償債権につき保証供託者が有すべき前記条件付供託金取戻請求権の上に債権質に準ずる担保権を有するに至るものと解せられるから、控訴人外六名は前記取締役職務執行停止等仮処分の被申請人として、右仮処分を原因とする損害賠償債権につきその担保として藤山作夫の前示供託金取戻請求権につき債権質に準ずべき担保権を有するものといわなければならない。もつとも前記仮処分事件においてのように仮処分裁判所が申請人に仮処分保証金の供与を命ずるについて取扱上数人の被申請人の各自毎に分割して各被申請人のための保証の額を具体的に定めることなく一括して供与すべき保証の額を定め、申請人において総被申請人のために一括して保証金の供託をした場合においては被申請人等はその各自が、供与せられた当該保証の全額につき一応前示の担保権を取得し被申請人等の右担保権は同一の前示供託金取戻請求権の上に競合し相節制して存在し右取戻請求権につき当該被申請人等の間に準共有に準ずべき状態が成立し、将来各被申請人について右保証の被担保債権たる仮処分に因る損害賠償請求権の存在と範囲が確定せられることによつて各自の損害賠償債権の額の割合に応じて右担保権を各独立して現実に行使し得るに至るべく、若しまたその間に被申請人の中或るものにつき右担保権を抛棄するものがあり、又はその被担保債権の不成立が確定せられたものがある場合は当該被申請人の有した担保権はその余の被申請人等に帰属するに至るものと解するのが相当である。

そして供託金に対する右担保権の行使方法としては、控訴人等仮処分被申請人において仮処分申請人藤山作夫に対する右仮処分に基く損害賠償債権の存在を確定判決により証明して裁判所から右供託書の交付を受けて管轄法務局に対し供託物還付の手続をなすか、又は右損害賠償債権を確定した判決に基き民法第三六八条民訴法第五九四条以下債権に対する強制執行に関する規定に従い前記権利質の実行として前記供託物取戻請求権を差押え、質権の実行であることを明示した転付命令若しくは取立命令を得、転付命令の場合にはこれに因つて承継したものと認められる当該担保供与者たるの資格に基き裁判所に申請して担保取消決定を得て供託書の下付を受け、取立命令を得た場合には右担保取消の手続を経ずして直ちに供託書の下付を受け、右供託書によつて法務局に対し供託金の払い戻しを求むべきものである。成立に争のない甲第二号証の一乃至四、第三、第六号証、第七及び第八号証の各一、二によれば、藤山作夫は昭和三〇年一二月九日に株主総会決議無効等の前記本案訴訟を被告たる姫路中央市場の同意を得て取り下げ同月一〇日前記仮処分申請を被申請人等の同意を得て取り下げ、その後昭和三一年一月一八日に至り控訴人は藤山作夫を相手方として姫路簡易裁判所に前記仮処分に因る損害賠償として金三五万円の支払を請求する旨の起訴前の和解を申立て同裁判所昭和三一年(イ)第三号事件として和解成立し、相手方藤山作夫において控訴人主張の損害賠償として金三五万円の支払義務を認めてその支払を約した旨記載した和解調書が作成せられたことが認められ右認定に反する証拠はない。そうすると控訴人は藤山作夫に対して法律上前記仮処分の保証金により担保せらるべき金三五万円の債権につき確定判決を得たと同一の地位に在り、右和解調書によつて確定判決と同一の効力をもつて三五万円の金額限度内においては前記仮処分保証金に対する担保権を有することが確定せられたものといわなければならない。しかもその担保権の範囲については前記甲第八号証の一、二によれば、前記仮処分事件の被申請人等の中控訴人を除く爾余の六名がいずれも書面をもつて右仮処分のための保証金につき担保取消の同意をしたことが認められるからこれによつて右保証金については控訴人以外の担保権利者はすべてその担保権を抛棄したものと認むべく控訴人はその前示損害賠償債権の満足を受けるため前記仮処分保証金の全額につき単独にその担保権を行使し得るに至つたものである。そして右担保権は前記供託金につきその性質上質権に準ずる優先的排他的効力を有するものであることは前示のとおりであるから、進んで更にその担保権行使に必要とせられる前説明の手続を履践するに至るまでもなくこの点において既に控訴人は第三者における前示供託金取戻請求権譲渡を原因とする権利取得の効果を否認し得るものであり任意譲渡を受けた当該第三者は担保権利者たる控訴人に対して右供託金に関する権利を主張することを得ないものである。そうだとすれば藤山作夫、片山通夫及び被控訴人間に順次締結せられた前認定の各譲渡契約の効力につき判断するまでもなく被控訴人の本訴請求の理由がないことは明らかである。

そして前記甲第七、第八号証の各一、二並びに前記甲第九号証の二、三によれば、控訴人が藤山作夫を債務者とし、国を第三債務者としてなした申請に基く神戸地方裁判所姫路支部昭和三一年(ル)第七号、同年(ヲ)第一一号債権差押及び転付命令事件につき同裁判所が同年一月二一日債務者の第三債務者に対する前記昭和三〇年(金)第一一〇九五号の供託金三〇万円及びこれに対する昭和三〇年八月一九日以降の利息金債権を差押えこれを控訴人に転付する旨の債権差押及び転付命令を発し、その正本は昭和三一年一月二九日執行債務者藤山作夫に、同月三〇日第三債務者国の当該官庁たる大阪法務局供託官吏に各送達せられて既に執行手続としては終了したことが認められる。もつとも前記甲第七号証の一によれば右差押及び転付命令は明らかに前記和解調書の執行力ある正本を債務名義とする本来の強制執行の方法としてなされたものであつて、右供託金に対して有する控訴人の前示担保権の実行方法としてなされたものでなく、右差押及び転付命令自体にも担保権の実行である旨明示せられていないことが認められるけれども、右強制執行に関しても被控訴人は右差押転付命令の前記送達より以前の時期にかかる藤山作夫、片山通夫間の前記債権譲渡の効力を主張して控訴人に対し右転付命令の効力を争うことは許されないものと解せられること、前説明のように控訴人が右供託金の全額につき優先的地位を保有することに基き明らかであつて、この点に関する被控訴人援用の判例は強制執行の基本たる債権が右供託物による被担保債権と同一であり執行債権者が同時に担保権者たる地位を兼ね備えている本件については適切でない。

そうすると控訴人は右転付命令の効力に基き先ず被転付債権として掲げられた大阪法務局昭和三〇年(金)第一一〇九五号(甲第七号証の一の差押うべき債権の表示中に第一一〇八五号とあるは明白な誤記であると認められる)による供託金三〇万円及びこれに対する同年八月一九日以降の利息金を目的とする前記条件付の取戻請求権を取得したものというべきであり、続いて控訴人が右条件付権利を取得するに因つて藤山作夫の前記担保供与者たるの地位を承継したことに基き前記仮処分裁判所に対し右仮処分事件につき保証として供託した金三〇万円につき担保取消の申立をなし同裁判所が担保取消決定をしたことは当事者間に争がなく、該決定が確定したことは被控訴人において明らかにこれを争はないからこれを自白したものと看做され、因つて控訴人はここに大阪法務局に対して即時前記供託金額三〇万円及びこれに対する利息金の支払を請求し得べき無条件且つ確定的権利としての供託物取戻請求権を取得したものと認むべく、しかも右権利の自己に帰属することを主張し本訴においてその確定を請求する被控訴人に対する関係において、控訴人が右権利の自己に帰属することについて即時確定の利益を有するものであることは明らかである。

そうすると被控訴人の本訴請求は理由がなく失当として棄却すべきものであり、控訴人の反訴請求は正当として認容すべきものであつて、これと異る原判決は失当であるからこれを取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却し、民訴法第三八六条、第九六条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)

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